リリック「人は変われる」 2009年夏 俺ははじめて大阪釜ヶ崎に足を踏み入れた それから何年か お盆になるとその釜ヶ崎夏祭りに通うようになるのだが 初めて訪れた釜ヶ崎のまちは 日本で今でも暴動が起こる唯一のまちだとか聞いていたけれど 時代がとまったようなまちのたたずまいや 誰もが裸で生きているようなそのリアルな雰囲気は 俺には懐かしいようなうれしいような当たり前のような まるで自分のまちに帰って来たような不思議な親近感をおぼえた 三角公園に建てられたお祭りのやぐらの前で ココルームのかなよさんに言われてお習字の屋台をはじめると しばらくして何をしたおぼえもなかったのだが 突然ひとりの男にからまれた その男の名前は井上登 「アンコをバカにするな」と彼は言った それが「労働者」のことだと知ったのは後のことだ 酔っているのか言っていることはよくわからなかったが 彼の目は恐ろしいほどに何かを訴えようとしていた 自分にはこんなに強く何かをひとに 伝えようとしたことなどあっただろうか そう思うと俺は自分が何か とても欠けたところのある人間に思えた 翌年 夏祭りでみこしをつくることになって そこで再会した彼はしかしまるで別人のようだった 酔っぱらって自分と真剣に向き合おうとしない弱い自分を変えたいと 登さんが重ねてきた努力について知ったのは後のことだ 人は変われる 人は変わる勇気とがまん強さをもった存在だ 何度も壁にぶちあたり へこみ あとずさりしながらも 一歩一歩正直に生きている登さんの思いを知ったのは 彼のブログを読んでからのことだ 慣れないパソコンをあやつりながらつづられたその 誤字脱字だらけの文章から立ち上る息づかいは どんなに推敲を重ねた名文よりも 俺の心にリアルに沁み渡った それはまるで釜ヶ崎そのものだ 俺は震災の後に石巻で聞いた言葉を思い出した 「もう飾るのはいい 震災でそんなものは必要ないことがわかった」と その石巻の小さな新聞社をたばねる人は言った しかし人が変わるということはそんなになまやさしいことではない 登さんが変わるためについやされたまわりの努力 やさしさ 日本が変わるために受け取った震災という大きな代償 澱のように降り積もり固まった登さんの怒り 衝動は 何度でも機会を与えつづけたまわりの人たちの 大きな広いやさしさによってひとつひとつはぎとられ 折りたたまれ 登さんは本当の自分と向き合う勇気と知恵を手に入れた 震災というあまりにも甚大で不幸で理不尽なやり切れない この「贈り物」を受け取ってなお俺たちは 変わろうという気持ち 決意 自分たちがしてきたことと向き合う勇気を もう早くも失いかけてはいないか 人は変われる 世界は変えられる もちろんそれは映画やドラマのように簡単なことではなく 俺たちの人生にはハッピーエンドなど存在しない それでも正直にそれに向かい合う勇気と知恵を 俺たちは手に入れることができる それは登さんが実際そうしてきたようにだ おはよう~ 釜ヶ崎の一角にある空き地に咲いてる花~ この花、名前は知らんけど すきなんや~それでいい 好きで釜ヶ崎に来てないよなあ 来なければ生きて生けなかった小生です 1972年6月の鬱陶しいときだった 語れるもの本気でもってくださーい しんどくても、生きててよかった 幸せなんだ…熱くなれるんだ みんなにも、この思い分けて あげたいなあ~~イエーイ みなさん、今日もハッピーで過ごそう♪ 小生の家の前にいる黒ネコ のらネコなんだ~でも、好き
懸命に生きてるから、 目が腐ってない~光ってた、 どんな人生でも自分をあきらめたらいかん いつか、君が生きてきた喜びに、 かならず気づくから 楽しくなんかなくてもいい 己れを生きて行こう~イエーイ 人間として、おいらが一番嫌いな事、 人の価値観を学歴、肩書で判断するやから、 ちなみにおいらは中卒、日雇い労働者、 もうこれだけでおいらを頭から、 バカにしてくる。 仕方ないだろうとみんな思うけどおいらはちがう、 そんなとこで人間を見てない、 話して態度を見てこの人間が、 どれだけ人の気持ちを考えて、行動してるか、 愛があるのか、思いやりがあるのか そういうところでひとを見てる うわべの人間が如何に多いか 釜ヶ崎に来てよかった、 21歳だった その当時はきれい事で生きられるような、 釜ヶ崎ではなかった、 身体一つが頼りで、手配師に仕事を紹介され、 ピンハネ承知の日雇い稼業、 一本どっこで、生きてきたもんなあ~ 釜に来たことを身内にも恥じて言えなかった 弱いのぼるだったよ~ でも、ここから自分の居場所を見つけた 今の小生は楽しくて、周りのみんなにも、 伝えて生きたーい~、 自分に素直に生きる~ たとえ一人になっても構わない~ もう、後悔したくない~ 一度きりの人生を自分に嘘をついて生きたくない~ それだけだけだ~ オンデマンド出版「おっちゃん通信」 故郷岡山を後にし、21歳で「労働者のまち」大阪・釜ヶ崎にたどり着いてから40数年、オイルショックやバブル崩壊をかいくぐりながら、現在に至る日本の成長や成熟を支えた一方、その中で使い捨てにされて来た仲間や自分。このまちに暮らし、この国に生きることの矛盾、哀しみ、そして喜びをつづった生きられた記録、ついに刊行! オンデマンド印刷、A5版、400ページ、2411円(税、送料込み)。 【もくじ】 おっちゃん通信をはじめたわけ 井上登 走り続ける男! 井上登 碩義三 おっちゃん通信 井上 登 2009年 2010年 2011年 2012年 寄稿 澄川小百合 人は変われる 門脇 篤 【著者】 井上 登 1951年、岡山県高梁市生まれ。 中学卒業後、大阪の会社に就職。19才の時、山口県の陸上自衛隊に入隊し、北海道恵庭市のダンプ中隊に配属された。除隊後、1972年に大阪釜ヶ崎で日雇い労働者として働き始めた。 2009年夏、「釜凹バンド」に入り、ボーカルをつとめるようになり、釜凹バンドでは釜ヶ崎で行われる、三角公園での夏祭りや越冬闘争で熱い思いを唄いあげる。 2011年には気持ちが惹かれ、「即興楽団ウジャ」に入り、ジャンべを叩いて踊り、声を出し、障害のある人たちと共にワークショップを行っている。 【ご注文方法】 ①本サイト上部のボタン「Shop」から ②「ご注文書」に記入してのぼるさんにわたす。あるいは内容をのぼるさんに伝える。 ③まちとアート研究所に注文する(お名前、お電話番号、お届け先を以下にご連絡ください)。 メールアドレス info@kadowakiart.com(門脇) 電話番号 080-4357-7035(門脇) ※ご注文いただいてから印刷するオンデマンド印刷 のため、一週間ほどお時間がかかります。 【値段】2,411円 (税込本体価格2,000円+送料梱包料411円) 【お問合せ】 一般社団法人まちとアート研究所 080-4357-7035 info@kadowakiart.com(門脇) ▶︎こちら ▶︎こちら

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